患者の多様性を知る機会となった

数名の模擬患者がAIDS拠点病院を患者として実際に受診して感じたことをまとめた実にユニークな本である。
本書にある患者の意見のなかに病院の受付、待合室、受付、トイレなど設備面の指摘もあるが、これに関しては類書があった。本書の“売り”は医療に携わる「人」に関する記載であろう。たとえば病院受付や看護婦の笑顔。ある模擬患者はそれを好ましいものと受け取り、またあるものは表情が明るすぎて深刻な相談事を切り出しにくいと受け取る。この個々人の受け取り方の差は患者を応対する医療人すべてが気づいていなければいけない。
ファミリーレストランやコンビニエンスストアーとの違いがここにある。「大多数の患者に不快感を与えない」ことを目標とするならこれらの業種のようなマニュアルによる教育で事足りるかも知れない。しかし「一人びとりの患者すべてに心地よい対応」を目指すときには、患者の受け取り方・感じ方の多様性に気づかなければいけない。本書はその際の参考になる。
プリメド社より本書についての意見を求められ、ゲラ刷りを見せてもらった際に、そこのゲラを私の医院の従業員で回し読みしたあとカンファランスを行った。これまでは“患者接遇本”を入職時に渡して読んでもらっていた。これはファミレス・コンビニのマニュアルに相当する。マニュアル本ではカンファランスをもっても議論にならない。ところが本書に基づいたカンファランスでは患者の受け取り方の多様性をさらに個々の従業員がどのように解釈するかによって議論があり、すこし重い空気が流れた。もちろんにわかには結論はでないが、“患者の多様性の気づき”の大事な出発点になったと感じている。

家庭医療学研究会・世話人　内山クリニック（茅ヶ崎市）　内山富士雄